誰もが主役のピッチで。巨大サッカーボードゲームのまわりで生まれた共生のかたち

巨大なサッカーボードゲームを囲み、子どもも大人も、障がいの有無も関係なく、一つのボールを追いかける。プレ・イマバリパラビエンナーレの会場で生まれていたのは、勝ち負け以上に、「そこにいること」自体が肯定されるような、不思議な空気でした。

そのピッチに審判として立ち、誰よりも近くでその空気を感じていたのが天野大地さんです。来島会が運営する地域密着型特別養護老人ホームの介護職員として奔走する傍ら、長年、地域のサッカークラブで指導にも力を注いできました。

そんな天野さんの目に、あの日の光景はどう映ったのでしょうか。

介護の現場で研ぎ澄まされた「空気」への感性

「身体障がいの方、知的障がいの方、高齢の方。形は違うけど、ずっと“人の生活”に関わる仕事をしてきた感じですね。気づいたらこの業界に身をおいて、10年近くになります」

現在は、地域密着型特別養護老人ホーム「ほのか」の職員として、食事、排泄、入浴の介助など、入居者の日常を24時間支えています。人手不足や介助の重労働といった現場のシビアな現実に直面しながらも、彼が最も大切にしているのは、意外にも「技術」の先にある『笑顔』と『空気感』だと言います。

「ご利用者様は、こちらの焦りや不安、ピリピリしたムードを敏感に感じ取ります。だからこそ、まず僕たちが落ち着き、穏やかな空気をつくる。すると、ご利用者様も自然と落ち着いて過ごせるようになります」

忙しいスケジュールの中でも、相手の思いを想像し、会話を交わす。その「何気ないラリー」こそが、日々の仕事の醍醐味だと天野さんは言います。

「何をしてもいい」寛容さがあった

そんな天野さんがイマバリ・パラビエンナーレに関わるきっかけは、「サッカー指導をしているなら、審判の資格を活かしてイベントに参加してくれないか」という同僚からの一言でした。

「それまでは、アートのプロジェクトを立ち上げるということは見聞きしていても、正直、実際には何をやっているのかよく分かっていませんでした。でも声をかけてもらって、巨大サッカーボードゲームの写真を見てみたら、直感的に『これ、普通に面白そうやな』と思ったんです。とにかくデカい(笑)。インパクトがすごいし、これなら車いすの人も、子どもも、年齢に関係なく一緒にできるだろうなと」

審判としてピッチに立った天野さんが目にしたのは、彼が福祉の現場で追い求めていた「理想の空気」が、より自由な形で具現化された光景でした。

「雰囲気が本当に良かったんです。サッカーゲームをやってもいいし、やらなくてもいい。応援する側に回ってもいいし、楽器を鳴らしてもいい。失敗してもいいし、成功してもいい。何をしても受け入れてくれる『寛容さ』が、そこにはありました」

その空気は、日ごろ現場で大切にしているものと重なりながらも、どこか違って感じられたといいます。

「施設の中でも『空気づくり』は大切にしてますけど、どうしても日常のスケジュールや医療的な制約、安全上のルールが優先される場面はあります。しかし、このボードゲームの周りには『全部あり』という自由さがありました」

サッカーに詳しい人も、そうでない人も、子どもも大人も、ただ目の前のゲームに集中する。その光景が、天野さんの目には強く焼き付きました。

「支援する/される」を超えたフラットな関係

「子ども、高齢者、障がいのある人、ない人。いろんな人が集まっていましたが、障がいがあるとか、年齢がどうとか、レッテルを感じる場面は全くなかった。みんなが同じ目線で、ただ『楽しむ』ことに集中していたんです」

イベントを通して天野さんが感じたのは、人と人との関係性がどこまでもフラットで、ときに助けあい、教えあいながら進んでいくことの心地よさでした。

「サッカーって実はすごく単純で、細かいルールを知らなくても、ゴールに向かうために協力しあえる。それがボードゲームとしてさらに単純化されていたことで、技術の差が決定的な壁にならないのが、よかったのかもしれないですね」

「うちの施設(ほのか)にこれを置いたら、絶対盛り上がると思いますよ。レクリエーションとして最高です。施設でのレクリエーションは、つい「やらせてあげる」といった形式的なものになりがちですけど、ここでは職員もご利用者様も一緒の目線で楽しめると思います。

普段は介助が必要な利用者さんが、このゲームでは誰よりも上手かったり、誰かにコツを教えたりすることだってあり得る。普段の生活で『ハンデ』とされている部分が、ここではフラットになると思うんです」

「支えている」ようでいて、実は「支えられている」

天野さんはこれまでのキャリアの中で、知的障害のある方の就労支援や、身体障害のある方々との交流を重ねてきました。その歩みの中で一貫しているのは、「障がいを特別視しない」という姿勢です。

「障害のある方と向き合っていると、実は自分自身のことがよく見えてくるんです」と、天野さんは言います。

「障がいって、突き詰めれば一人ひとりの『個性や偏り』が顕著に出ているだけのこと。誰しも『違い』がある中で、「障がい」という区分けがどのくらい意味を持つのか、そういうことを仕事を通して考えてきました」

「もちろん、自分の中にも偏った部分はあります。でも、その凸凹があるからこそ誰かの痛みが分かったり、違う立場を想像できたりする。障がいのある方を『支えている』つもりでも、実は僕の方が、ご利用者様との何気ない会話や日常のやり取りに気づきをもらったり、学ばせてもらったりしているんです」

だからこそ、今回のような様々な人が「混ざり合う場」には意味がある、と天野さんは強調します。

「福祉が施設の中に閉じこもるのではなく、こちらから外へ発信していくことはすごく大事だと思います。今回の巨大サッカーボードゲームでも、子どもたちが『楽しかった!』と言ってくれた。まずはそれでいいと思うんです。その『楽しい』という入り口の先に、『あぁ、世の中にはいろんな人がいるんだな』という自然な理解が広がっているはずですから」

福祉が地域へ飛び出し、多様な個性が混ざりあう。天野さんが描くのは、レッテルを剥がした先にある「お互い様」の社会です。

「『障害があるから、こうだ』というレッテルを剥がして、境界線のない景色をつくりたいですね。お互いの存在を受け止めあうことが、結果として、人にやさしくなれる社会につながると思うから」