自分の「当事者性」を取り戻す、アートのしかけ。美術家・土谷享さんが問いかける「分断」を超えて共に生きる場づくり

「プロだから発言できる」「よく知らないから黙っておこう」。

私たちは知らず知らずのうちに、自分の立場や経験のあるなしで、ものごととの距離を決めてしまっていないでしょうか。

社会には「専門家」と「そうでない人」がいて、それぞれの役割を固定してしまう。その考え方は分かりやすい一方で、ときに、人と人との間に見えない壁を生んでしまうことがあります。

美術家・土谷享さんが取り組んできたのは、まさにこうした「分断」をゆるめ、ほどいていくようなアートです。あそびの力を借りながら、気づけばその場の内側に入り込み、光景を形づくる一人になっている。そんな実践を積み重ねてきました。
今回は、土谷さんの作品や活動を手がかりに、「誰かと共に過ごすこと」「同じ場に居合わせること」から生まれる豊かさについて、あらためて考えていきます。

「食べやすい」作品にしかけられた企み

——土谷さんの作品は、一見、遊具やスポーツ道具のようにも見えます。

僕の作品って、わりと「食べやすい」と言われるんです。
自分でも、意識的に甘めに味付けしていると思います。

たとえば、自転車を動力にした人力メリーゴーランド《Tub go round !》という作品があります。今治でも、サーカスパレードのサーカス小屋として登場した作品です。

もともとは2017年、福岡県筑後市のアートセンターで個展を開いた際に生まれました。

筑後という土地は、筑後川や矢部川があって、昔から治水と深く結びついてきた場所です。
何百年も前から、洪水と向き合いながら、堤防をつくり、木を植え、風景そのものを人の手で更新し続けてきた。その痕跡が、今も日常の中に残っています。

土地をひも解く中で、特に心に残ったのが、江戸時代・柳河藩の武士、田尻惣馬の逸話でした。台風で川が増水すると、彼は「たらい」に乗って川を下り、自らの身体で氾濫の弱点を探ったというのです。地図や理論ではなく、危険を引き受けながら、からだごと川に投げ出す治水でした。

アートセンターの前に今も残る「千間土居」は、全長約2キロ、樹齢約400年の楠木1300本が堤防として、長年、里を守ってきた場所です。田尻惣馬が地元の人びとを総動員し、昼夜を問わず工事を行って完成させた場所でもあります。

この話を知ったとき、「この土地の文化を、体験として引き受け直せる形にしたい」と思いました。治水を担った武将の感覚を、現代の人が追体験できる装置をつくりたい。それが作品の出発点でした。

——それが、なぜメリーゴーランドというモチーフに?

治水というテーマは、どうしても専門的で難しくなりがちです。歴史や理論を最初から説明されても、なかなか入ってこない。だからまずは、あそぶ。

子どもでも、ファミリーでも、理由が分からなくていいから体を動かして笑う。「なんだか楽しかった」という感覚を持ち帰ってもらうことが大事だと考えました。その入口として、アート作品というより、アミューズメントパークのようなインターフェイスが必要だった。

ただし、目指しているのは、身をもって危険を引き受けた田尻惣馬の追体験です。だから、安全すぎる遊具にはしたくなかった。人力で回し、たらいが落ちそうな、ちょっと怖い構造にする。安心しきれないけれど、笑って乗れる、そのギリギリを狙いました。

そして体験の「あと」で、実はこういう歴史があり、こういう背景がある、という扉が開いていく。展示と連動して研究者に監修してもらったり、現地ツアーを組んだりしたのも、「あとから深まる」構造をつくりたかったからです。

面白いことに、展示が終わっても「またやりたい」「別の場所でも見たい」と言ってくれる人が多くて。《Tub go round !》は、行く先々で土地の文脈を取り込みながら、“ご当地仕様”に変化していく作品になりました。

場所が変わるたびに少しずつ姿を変えていく。
それが、結果的に僕の作品の基本形になっていった気がします。

日常に「当事者性」を生む抜け道

——場所や人との関わりの中で作品が変化していく。その姿勢は、市中に開いたアートを実践してきた土谷さんならではだと感じます。

僕は、ギャラリーや美術館の中だけで完結する作品づくりに、どこか窮屈さを感じてきました。作品を通して「自分は何者か」を語ることが求められる一方で、実際の人間の営みは、もっと偶然的で、環境に左右されるものだと思っていたからです。

どんな場に身を置き、誰と関係を結ぶか。その環境次第で、人のふるまいや創造性は大きく変わる。

そう感じるようになってから、僕は人の家やまちなかといった生活の現場に作品を置き、人と人との関係が立ち上がるプロセスそのものを、アートとして扱うようになりました。

初期の作品に《自転車のための抜け道のためのバリアフリー》があります。

この作品は、東京・下町の一軒家で生まれました。ここに住んでいたのは、義理人情に厚い下町文化に惹かれて移住してきたウェブデザイナーの古橋さん。しかし職業柄、昼夜逆転の生活を送っていたため、生活時間が異なる近所の人からは「何をしている人か分からない」と怪しまれ、孤立しがちな状況にありました。

これでは、せっかくの下町人情も機能しないわけです。

そこで、この状況の「風通しを良くする」プロジェクトとして、昼間、二階で寝ている間に一階を文字通り自転車のための“抜け道”として解放したんです。すると、自転車や犬の散歩、ベビーカー、時には蕎麦屋の配達までが行き交うようになり、場が息を吹き返しました。

「よその人」だったはずの人が、いつしか抜け道の世話役になり、ときには主役にすらなる。街の中に作品を置くことで、周囲の人たちが主体となり、関わりながら成立していく。その状態そのものが、僕にとっての作品でした。

スポーツクラブに見た「当事者性」の置き去り

——立場を忘れ、気づけばその場を形づくる一人になっていく。その感覚は、巨大サッカーボードゲームにも通じますね。

「巨大サッカーボードゲーム」制作のきっかけは、まさにこの作品づくりを手伝ってくれていた、とある青年の存在でした。頼んでもいないのにトラックを出してくれたり、黙々と作業を手伝ってくれる。理由を聞くと、彼は少年サッカークラブのコーチだと言う。

そして、その話が衝撃だったんです。

子どもよりも、親同士がポジション争いをして、「なんでうちの子がスタメンじゃないんだ」とコーチに詰め寄る。本来、親もクラブを支え、一緒に“いいクラブ”をつくる当事者のはずなのに、サービスを受ける側に回ってしまっている。

責任を外に預け、クレームを入れるだけの関係になってしまっているんです。

その話を聞いたとき、「まちの中でアートをやる」という自分の感覚と強くつながりました。

——まさに「当事者性」の回復が、土谷さんの活動に重なります。

そこで最初の個展では、彼をキーパーソンに据えて《楽しいスポ研》というプロジェクトを行いました。スポーツの原点は、港で船を待つ間にボールを蹴るようなあそびにあります。ルールは厳密ではなく、その場その場で変わってきた。

その自由なあそびの精神を、ギャラリーを“新しいスポーツを研究するラボ”に見立てて再現したのが「スポ研」です。

子どもたちは自由に入ってきて、ルールを変えながらあそぶ。誰かが管理しなくても、そこにいる人たちが自然と関わり合い、当事者になっていく状態が生まれました。

ただ、人が張り付かないと成立しないのは大変なので、「装置として自走するもの」を考えた結果、生まれたのが巨大サッカーボードゲームです。

——だからあの作品は、場としては存在しているけど、みんなで動かして初めて成立するわけですね。

そうなんです。プレーする人も、見ている人も、つくる人も、状況次第で立場が入れ替わる。専門性や経験の差を前提にしなくても、同じフィールドに立てる。その状態そのものが大事なんだと思っています。

設営を「専門家」だけで完結させないのも、同じ理由です。プロに任せて完成品を置くのではなく、つくるところから一緒に関わる。地元の工務店や鉄工所の人たちも、単なる協力者ではなく、制作の“プレーヤー”になる。そうすることで、作品は「置かれたもの」ではなく、「場の一部」になっていきます。

つくる過程も、あそぶ時間も、その場に集った人たちが当事者として関わり続けること。巨大サッカーボードゲームは、そのための「装置」です。完成した作品を設置することが目的なのではなく、つくる過程そのものをまるでクラブ活動のように、当事者が集い、協働する場として機能させたい。それが、この作品の根本的な考え方です。

あそびの「場」をつくり続ける

——こうした実践の原点は、どこにあるのでしょうか。

振り返ると、子どものころから同じことをしてきた気がします。休み時間に教室の机をつないでコースをつくったり、自転車やスケボーを「どう改造したら違うあそびになるか」ばかり考えていた。

父が自動車整備士だったので、家には壊れたバイクがあり、「エンジンがかかったらお前にやるよ」と言われ、年上の人たちに教えてもらいながら、エンジンをバラして、掃除して、組み直す。

既成のルールに乗るより、場をつくって、ルールを決めて、そこに人を巻き込む。誰かに「参加させる」というより、勝手に入りたくなる状況を用意する。

たぶん、それが僕の変わらない原点です。アートという言葉を使う前から、僕は「あそべる場」ばかりをつくってきたのかもしれません。

土谷さんのアートは、強いメッセージを正面から掲げるのではなく、「あそび」や「楽しさ」という入口から、気づけばその線をまたいでしまっている—そんなしかけに満ちています。そこでは鑑賞者と制作者、内と外、当事者と第三者といった区別が、少しずつ意味を失っていきます。

イマバリ・パラビエンナーレが目指すのは、まさにそうした「誰かのもの」ではない場をひらくこと。関わり方に正解はなく、知識や立場も問われない。ただ、その場に身を置き、からだを動かし、誰かと同じ時間を過ごす中で、自然と「その場を楽しむ当事者」になっていく。

このインタビューが、読んでくださった一人ひとりにとって、「自分も関わっていいんだ」と感じられる小さなきっかけになればうれしいです。