“わたし”と“あなた”はどう繋がれる?アートが問い直す、福祉の輪郭

「あなたがいてくれてよかった」

そう思いあえる関係性は、どこから生まれてくるんだろう。

日々のささいなやり取り、分かち合う瞬間、「もちつもたれつ」という双方向で流動的な結びつき。アートを「関わりあいの手段」として見つめ直すとき、浮かび上がってくるのは、他者への想像力と「もっと知りたい」という素直な好奇心です。

その感性こそ、これからの社会をかたちづくる基盤にしていきたい。違いを受け入れ、わからなさを楽しもうとするその姿勢を、社会の標準的な文化――いわば共生のOSとして根づかせていく。「イマバリ・パラビエンナーレ」は、そんな「アートの社会化」への実践です。ひょっとすると、それは私たち一人ひとりの心の奥にある福祉の原点までも照らし出すかもしれません。

「ともに生きるって何だろう?」

社会福祉法人来島会・理事長の越智清仁(以下「越智」)と美術家のKOSUGE1-16 土谷享さん(以下「土谷さん」)がそれぞれの視点から語り合いました。

アートも福祉も「その人らしさ」をひらく行為

越智:「アート=福祉とは関係ないもの」と思われがちですが、来島会としてアートに可能性を感じたのは、アートが障害の有無を超えて“人の表現”を体現するものだからです。

言葉でのコミュニケーションが難しい方も、独自の視点や時に鋭い感覚を持っています。そこに“その人らしさ”が現れ、さらにその表現を通して対話が生まれる――アートはまさに、我々が目指す「支援」の本質に通じていると感じています。

ただ一方で、「アート」という言葉には「特別な人のもの」「才能がある人のもの」、あるいは「アートが好きな人のもの」というイメージもつきまといます。その固定観念ゆえに、「私には縁遠いものだ」と距離ができてしまう。支援の現場においては職員自身がアートを「無関係なもの」として遠ざけてしまう、そんなもどかしさも感じていました。

そんなとき、縁があって学校法人瓜生山学園 京都芸術大学の山下里加先生にご紹介をいただいて、土谷さんの活動を知り、アートのイメージが大きく揺さぶられました。土谷さんのアート活動がいわゆる『アートの概念』そのものを変えてくれる、「コミュニケーションの仕掛け」だったからです。

土谷さん:僕はこれまで新しい関係性や出来事が生まれる「場づくり」そのものをアートと捉えて活動してきました。

日本の美術教育は「自己表現」に重きを置く傾向が強いですが、僕はそこにずっと疑問を抱えていて。個人の内面を深掘りして答えが見つかるのは、ごく一部の天才だけです。

むしろ「どんな場で、どんな人と、どう関わるか」という環境(コンテクスト)の方が、人間の創造性や生き方において圧倒的に重要だと感じるようになりました。

理事長: 環境、コンテクスト。とても重要な視点ですね。

土谷さん:個人の内面を掘るって、本当にしんどいんです。「自分が本当にやりたいことなんて、そんなのねえよ」って思うわけですよ。その違和感がほどけたのは、東京の下町・葛飾で暮らしていたときでした。

近所の人が勝手に家に入ってきたり、おかずを置いていったり――最初は驚きましたが、その“おせっかい”という名の越境行為に、面白さを感じるようになったんです。お互いが選んだわけでもない赤の他人同士が、「たまたま近所に住んでいる」という関係性の中で世話をかけ合い、時にはケンカもする。そういった健康的で生き生きとしたコミュニケーションの中に、共に生きる関係の豊かさを感じるようになりました。

そんなある時、妻と同じ展覧会に出品する機会があり、別々にプランを練っていたのですが、後で確認したらほとんど同じ内容だったのです。その経験から、「天才」以外の僕たちにとっては、“誰と、どこで、どう生きるか”という環境こそが決定的に重要なのだと実感しました。

それ以来、僕は、これまでの彫刻や絵画といった“アートの記号”にとらわれることをやめました。

その代わりに、人が集い、関わり合う“プロセス”そのものを仕掛けること――言い換えれば、「出来事が生まれる場」をつくることをアートとして捉え、実践してきました。

理事長: その「場づくり」や「プロセス」という視点が、我々が壁を感じていたアート活動にも新しい光を当ててくれました。日常の中で生まれる「もちつもたれつ」の関係性こそ、人と人との豊かなつながりの本質ではないか――その考え方は、まさに我々が大切にしている福祉のあり方にも通じるものです。

「知っている言葉」の外側に広がる多様さ

理事長:「アート」という言葉と同様に、「福祉」や「障害」という言葉にも、どうしても誤解や先入観がつきまといます。

「アート=絵画や造形」だけではないように、「福祉=福祉事業」や「直接支援、介護を行うこと」と狭く捉えられてしまう。しかし本来、それらは“すべての人のための営み”であり、“社会づくりそのもの”であるはずです。

土谷さん:僕が子どものころを思い出すと、障害のある人や何かに大きく困ってそうな人が、もっと学校や社会の一緒の空間に居たと思います。でも、社会が言葉や制度を整備していく過程で、そうした人たちが見えにくくなってしまった。

ある意味で社会を秩序立ててきた結果なのだと思いますが、その過程で、僕たちは大切な“何か”を置き去りにしてきた気がするんです。言葉やラベルによって理解しやすくなった反面、曖昧なニュアンスや感覚の多様さが削ぎ落とされてしまった。広く柔らかく存在していた世界が、定義によって狭まり、本来含まれていた意味が外側に追いやられていく―そんな感覚といいますか。

理事長:まさに、現代社会の仕組みは、高度経済成長期の「効率」と「生産性」という価値観に合わせてつくられてきました。だから、そこにうまく適応できない人たちに「障害」というラベルが貼られてきた。

でも、“障害”という言葉の意味も、時代や社会の仕組みが変われば、まったく違う輪郭を持つはずです。言葉は固定的なもののように見えて、実は社会が変われば変わる。

だからこそ、今あらためて「福祉」や「障害」という言葉に押し込められた意味を問い直す必要があるように思うんです。

土谷さん:アートも、福祉も、本来は“人を中心にした日常的な営み”のはずですよね。今回の「イマバリ・パラビエンナーレ」は、まさにその問い直しを言葉の外側から行う試みだと感じています。

理事長:どんなに言葉を重ねて説明しても、伝わらないことがある。けれど、一緒に何かをつくったり、体を動かしたり、参加したりする中で、「あっ、こういう表現の仕方があるんだ」とか「この人、すごく面白い感性を持っているな」とか、そういう“気づき”の瞬間が生まれるんですよね。

昨年度、土谷さんと取り組んだアートプロジェクトも、まさにそうでした。体験する中で、「あ、こういうことか」と腑に落ちる瞬間があって。言葉や理屈ではなく、感じることで壁が少しずつ溶けていく。アートにはそんな力があるように感じます。

土谷さん:福祉の現場でアート活動を行っていて時々感じるのは、「他者に迷惑をかけてはいけない」という意識が強すぎるあまり、利用者さんの自然な振る舞いを抑えてしまう瞬間が少なくないという現実です。そうでなくても、僕たちは教育や社会生活の中で“ふるまい方”を訓練され、気づけば衝動的に歌い出したり、思うままに絵を描いたりすることから遠ざかってしまいました。

アートは非常にプリミティブな行いで、人間の本来の「回復機能」や「多様さ」を含んでいます。ルール化や意味づけの中で社会が置き去りにしてきた“人間らしさ”を、アートを通じてもう一度取り戻せるのではないかと感じています。せめてアートをしている時だけでも自然な振る舞いをある程度解放しても良いと思いませんか?

理事長:「イマバリ・パラビエンナーレ」は、まさにそのアートの力を媒介に、「人」と「人」、「地域」と「人」、そして「異なるもの」同士のあいだにある関係性を、もう一度いちから編み直す試みだと考えています。

アートがひらく、“ともに生きる社会”のかたち

理事長:我々が最終的に目指すのは、「インクルーシブな社会づくり」です。「障害のある人」や「ない人」といったカテゴリー分けではなく、誰もが“一人の人”として尊重される社会。個々が持つ特性や表現にリスペクトを寄せ、そこから自然にコミュニケーションが生まれていく。アートは、そのための純粋で力強いきっかけになると感じています。

土谷さん:アートって「誰もやったことがないことをやる」ということが唯一のルールなんです。

この取り組みもまた、まだ言葉にしきれない領域へと踏み出している。それこそが重要であり、福祉の分野でこれまで行われてこなかった挑戦を続けること自体が、“アート的な営み”なのだと思います。

2年に一度の「パラビエンナーレ」というリズムを刻むことで、利用者さんや支援者にとって、アート的な営みが生活や支援の中に自然と根づいていく。その循環が法人だけに閉ざされたものではなく、やがて地域全体の文化として広がっていく。

そうやって5年後、10年後に振り返ると、何かが変わってると思うんですよね。時には元に戻ることもあると思う。でも、それでいいんです。変化には揺り戻しがつきものですから。それでも、「進もう」としているこの瞬間こそが、創造的な一歩なのだと思います。

理事長:「障害のある人の作品を見に行く」という、一方的な視点ではなく、「ひとりの表現者として尊重する」という当たり前の関係を地域社会に育てていきたい。そうした社会の土壌を、アートの力を借りながら少しずつ耕していけたらと思っています。

一筋縄ではいかないだろうけれど、自分の行動が誰かを支え、世の中を少し変えていく——その実感を一人ひとりが持てたとき、すでに社会は変わり始めているはずです。


聞いた人:小林友紀(合同会社企画百貨)
アート、表現、暮らし、食、教育などに興味関心を広げながら、今治を拠点に執筆や広報の仕事をしています。