『地域文化講座〜アートから地域を考える4つのレッスン』が目指したこと

戸舘正史(社会福祉法人来島会アートプロジェクト監修/アートマネジメント・文化政策)

社会福祉法人来島会がいま展開していることは福祉を福祉の領域に留めず地域社会へ開いていくためのはじめの一歩です。

地域福祉の推進や地域住民の参加を促進していく流れは、2000年の地域福祉法改正以降、さまざまな施策、制度の整備は進みつつあると言えますが、現場のクリエティブな実践においては必ずしも制度ありきで展開されているわけではありません。むしろ制度の外側で課題と向き合いながら創意工夫してきた実践がはみ出していくようにして制度を補完しその可能性を更新している側面があると言えます。

来島会のイマバリ・パラビエンナーレに向けたアート事業は、そうした先達の創意工夫に倣いながらも、今治という地における個別的な課題と向き合い、いわば福祉をひらいていくことが目的としてあります。そして今治という地域の個別性を、例えば市役所やメディアが顕在化させている課題や喧伝している特性の中だけに求めるのではなく、今治で生活をするひとりひとりの個別性と向き合うことが大切であると私は考えています。

「共に生きる」社会を目指すならば、来島会という社会福祉法人の内側にいるたくさんの利用者や職員だけではなく、社会の様々な人たちと接点を作りながら、ゆるやかに繋がっていくことが必要です。そしてそのとき、相互の境界を解いていき「共に生きる」ことへと向かっていくためには、同じ大きな旗の下に集まるたくさんの人たちや大きな声の人たちではなく、大きな社会の中で埋もれてしまう小さな声とたくさん出会っていくことが必要です。

ひとりひとりの個別性と向き合うということは、そういうとてもハードルの高くて難しいことで、ちょっと途方に暮れてしまいます。でも、無数にいる誰かと出会うことは難しくても、出会うことのない誰かを想像する機会を作ることはできるかもしれません。そんなことを考えて始めたのが『地域文化講座〜アートから地域を考える4つのレッスン』でした。

この連続講座のテーマを設定するにあたって私の頭を過ったのはアフリカ・モザンビークと今治市の「ホームタウン」認定における一連の騒動でした。国際協力機構(JICA)がアフリカ諸国と日本の都市を結び人材育成をはかっていくこの事業に対し、極端な誤解曲解に基づく移民排斥のムーブメントに火が付き、今治市が事業の受け入れを撤回した事件です。小さな地方都市において移民排斥デモが行われ、市役所へ凸電をはじめとした抗議が殺到したことは衝撃的な出来事でした。

大局的に現在の日本の状況を鑑みれば、このような排斥の動きがあることは理解していましたが、必ずしも人通りの多くない今治駅前や市街地において忽然とデモが行われている異様な光景は、もしかしたらこれは街のサイレントマジョリティの一端を可視化しているのかもしれないとさえ見えてきます。私はこの事件を念頭に置きながら、講座を貫くコンセプトとしては、知らない他者について考える、あるいは知るということを設定することにしました。

1回目の「アートとは何か?ケアとは何か?」では本講座の共同ファシリテーターを務める生活介護事業所さんかくやまの青砥穂高さんがスピーカーとなり、ケアという視点から自己と他者の間にある揺れ動く相互依存の関係について考えていきました。

2回目の「もちつもたれつ、アートのできること」では、来島会のアート事業におけるディレクションの一翼を担う美術家の土谷享さんが、余白のある“遊び”から生まれる偶発的な他者との関係性や出来事の創造性にアートの価値を求める実践を参加者と共有していきました。

3回目の「人との出会い方としての、ことばあそび」では、詩人の上田假奈代さんと参加者によって、他者の脈絡のない言葉を繋げていく合作俳句を通じて、対話や協働することの希望を体験すると共にその困難についても考える時間となりました。

4回目の「わたしではない誰かについて考えよう」は演出家の有門正太郎さんと演劇的な手法を用いた他者を演じるワークショップを通じて他者のポジティブな要素を観察する術を体験しました。

いずれも手を替え品を替え他者理解について考える時間となりましたが、すこし考えなければならないことは、こうした講座に参加する人たちは、寛容性と創造性に充ち、移民排斥を訴えるような人ではないということなのです。参加した人たち、そして私が、次に進まなければならないアプローチはどこにあるのか、模索はいましばらく続いていきます。