2026年2月4日、地域文化講座「アートから地域を考える4つのレッスン」は最終回を迎えました。第4回のゲストは、俳優・演出家・劇作家として活動する全4回のレッスンを通して、私たちは「ことば」や「身体」、「ケア」や「表現」という窓を通して、今治という地域、そしてそこに暮らす他者との繋がりを見つめ直してきました。
「アートから地域を考える」とは、ただ一つの解決策を見つけることではありません。
それは、目の前の他者の「わからなさ」を恐れず、面白いと感じること。
自分の物差しを一度手放し、誰かの奏でるメロディに耳を澄ませること。
そんな小さくて柔らかな「視点の移動」の積み重ねこそが、ギスギスした世の中に風を通し、共に生きていくための作法になるのではないでしょうか。第4回のゲストは、俳優・演出家・劇作家として活動する有門 正太郎さん。
「わたしではない他の人の人生を考える」という、一見シンプルでいて、実は最も困難な問いに、私たちは身体と想像力を使って向き合いました。
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「答えがない」ことを楽しむ、心のストレッチ
ワークショップの冒頭、有門さんは「社会の価値観が変わるスピードの速さ」について触れました。「50年前にはスマホもなかったし、戦時中なら人を殺めることが勲章になった時代もあった。そんな変化の激しい時代をどう生きるか。僕はそれを『人生の波乗り(サーフィン)』と呼んでいます」

その波を乗りこなすために必要なのが、「自分はどう思うか」という自分独自の視点です。
有門さんは、一見なんでもない写真や図形を参加者に見せます。
「この図形の中に、丸は何個ありますか?」
「この扉にガムテープが貼ってあるのは、なぜだと思いますか?」
学校教育では「1+1=2」という正解を求められます。しかし現実の世界では、唯一の正解というものはありません。
「ゾンビが入ってこないようにしている」「アーティストの初期作品だ」「扉が怪我をしているから絆創膏を貼っている」
大人たちがひねり出した答えに、有門さんは何度も「いいですね、面白い!」と頷きます。
「人と違う答えを出さなきゃ」という強迫観念も、「正解を言わなきゃ」という恐怖も、ここでは必要ありません。
自分が感じたことをそのまま伝えればよいーそんなストレッチから、場は温まっていきました。
「他己紹介」という名のわからなさ――情報の奥にある「人となり」を聴く
この回のメインプログラムは、初対面の相手とペアになり、相手のことをよく聞いたうえで、その人のことを自己紹介をする「他己紹介」です。

単に相手のプロフィールを読み上げるのではありません。有門さんはこうオーダーしました。
「相手がどんな表情で、どんな音色で、どんな気持ちで話していたか。言葉としての“情報”だけではなく、その人の“在り方”そのものを丁寧に観察してみてください」
- 「私、今度初孫が生まれるんです」と、ソワソワした喜びを全身で表現する人。
- 「最近買ったお気に入りの服は……」と、こだわりを語るときに少し照れくさそうにする人。
- 「小学校の先生をしていて……」と、葛藤しながらも子供たちを愛おしそうに語る人。
参加者たちは、相手の言葉をなぞるだけではなく、表情や声色、間の取り方、そこに漂う空気ごと受け取ろうとしました。そのプロセスの中で、自然と立ち現れてきたのは、「自分とは違う存在がここにいる」という感覚でした。
「普段、自分がどれだけ言葉(情報)だけで相手を理解した気になっていたかに気づいた」「同じ内容を話していても、人によってまったく違って感じることに驚いた」
「いわゆる“正しい情報”そのものよりも、所作や、何気ない一言、一見無駄にも思えるようなエピソードの中にこそ、その人らしさが宿っていると感じた」
有門さんは言います。
「誰かになりきることは、俳優の作業そのものです。でも、どこまでいっても本当の意味で他人のことが分かるかと言われれば、僕は分からないと思う。大切なのは、その前提を手放して、“この人は自分とは違う存在なんだ”と感じ続けることだと思うんです」

理解できないからこそ、リスペクトから始める
講座の終盤、議論は「価値観の異なる他者とどう向き合うか」という深いテーマへと及びました。
地域の中には、自分とは全く異なる主義主張を持つ人もいれば、一見すると「付き合いにくい」と感じる人もいます。有門さんは、「理解できない」という前提に立つことの誠実さについて語りました。
「50歳の人を理解するには、50年かかります。相手のすべてを理解することなんて不可能です。でも、共感はできなくても『あなたがそう思うことは理解した』という地平には立てるはず。その根本にあるのは、相手へのリスペクトです」
ワークショップの最後に有門さんが教えてくれたのは、「教えを請う」という姿勢、相手へのリスペクトです。
「子供たちに『教えて』と言うと、彼らは生き生きと話し始めます。相手に興味を持ち、自分の視点とは違う世界を見せてもらう。その繰り返しが、人生という波乗りをより豊かで楽しいものに変えてくれるはずです」

結びにかえて
全4回のレッスンを通して、私たちは「ことば」や「身体」、「ケア」や「表現」という窓を通して、今治という地域、そしてそこに暮らす他者との繋がりを見つめ直してきました。
「アートから地域を考える」とは、ただ一つの解決策を見つけることではありません。
それは、目の前の他者の「わからなさ」を恐れず、面白いと感じること。
自分の物差しを一度手放し、誰かの奏でるメロディに耳を澄ませること。
そんな小さくて柔らかな「視点の移動」の積み重ねこそが、ギスギスした世の中に風を通し、共に生きていくための作法になるのではないでしょうか。

